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県立学校教諭である審査請求人本人の平成11年度勤務評定書案件
第1 審査会の結論
平成12年2月17日付けで愛媛県教育委員会教育長(以下「実施機関」という。)が行った非公開決定は、妥当である。
第2 審査請求に至る経緯
1 審査請求人は、平成12年2月9日、愛媛県情報公開条例(平成10年愛媛県条例第27号。以下「条例」という。)第5条の規定に基づき、愛媛県教育委員会に対し、県立学校教諭である審査請求人本人の平成11年度勤務評定書(以下「本件公文書」という。)について公開の請求を行った。
2 愛媛県教育委員会から公開請求に対する決定に係る権限を委任されている実施機関は、平成12年2月17日付けで、次の理由を付し、非公開決定(以下「本件処分」という。)を行った。
(理由)
条例第7条第2項第1号及び第7号該当
- 個人に関する情報であって、特定の個人が識別できるため。
- 人事管理に係る事務に関し、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあるため。
3 本件処分の通知を受けた審査請求人は、これを不服として、平成12年4月20日、行政不服審査法(昭和37年法律第160号)第5条の規定に基づき、愛媛県教育委員会に対し、審査請求を行った。
4 なお、愛媛県教育委員会は、審査請求書に行政不服審査法第15条に規定する法定記載事項について記載漏れ等があることから、平成12年5月2日付けで、審査請求人に対し補正命令を行い、同月22日に、審査請求人から補正書が提出されている。
第3 審査請求人の主張する審査請求の理由
審査請求人が、審査請求書及び実施機関の非公開理由説明書に対する反論書において主張する審査請求の理由は、概ね次のとおりである。
1 条例第7条第2項第1号の非該当性について
(1) 審査請求人が請求している勤務評定書は、勤務校のすべての教職員に関するものではなく、本人に係る部分のみであるから、個人のプライバシーを最大限に保護することを目的として規定された条例第7条第2項第1号には該当しない。なお、同号の趣旨に関する判断は、審査請求人独自の判断ではなく、愛媛県と同様な条項を持つ宮城県条例に基づく公開請求の是非を判断した平成8年7月29日仙台地方裁判所判決の判断と同一のものである。
(2)審査請求人は、自身の勤務評定書の開示を求めているのであり、特定の個人が識別できる情報であることについて争うところではない。問題は、この条項が「個人の情報開示」まで非公開とするためにあるのか、それとも他人の個人情報を保護するためにあるのかということである。実施機関の説明は、本人の情報であれ、他人の情報であれ、個人が識別できる情報を公開するかしないかは、「情報そのものから客観的に判断する」と述べているようであるが、他人の情報を保護すべきは当然で、その上で本人への情報開示をすべきとの主張に対する説明になっていない。
2 条例第7条第2項第7号の非該当性について
(1) 勤務評定書を公開することにより、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和31年法律第162号)第23条に規定する教育委員会の職務権限や同法第17条の教育長の職務のいずれにも支障を来すとは考えられない。
(2)勤務評定書が不適正な評価内容であれば、効果的な教育活動を推進するという目的が達成できなくなることは明白であり、これを公開することは、勤務評定を公正に行い、教職員の勤務実態を適正に評価するために極めて有効な方法である。
(3)また、評価の内容を本人に知らせ、勤務の良好な点を指摘して励まし、不良な点を指摘して改善を求めることは、効果的な教育活動の推進を図るという勤務評定の目的に沿うものである。どこにどのような問題点、良好な点があるのか指摘することなしに、教職員の勤務の改善が図られることはない。
(4)したがって、勤務評定書の公開は、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれは全くなく、むしろ、勤務評定によって効果的な教育活動の推進という事務事業の目的を達成するために、当然必要な措置である。
3 条例第5条第5号について
(1) 条例第5条第5号は、実施機関が行う事務又は事業に利害関係を有する個人及び法人その他の団体が利害関係に係る公文書の公開を請求することができるとしており、審査請求人は、勤務評定書によって、賃金も人事も決定されていて被害を被っているのであるから、同号こそ公開すべき第一義的根拠となる。
(2)審査請求人は、公開を請求できる範囲のものであるからこそ請求しているのであって、本号は、公文書の公開を請求できるものの範囲を定めたものにすぎないものであると表現することによって公開を否定されるべき条項ではない。
第4 実施機関の非公開理由
実施機関が行った非公開決定の理由は、概ね次のとおりである。
1 条例第7条第2項第1号の該当性について
本件公文書に記録されている情報は、審査請求人本人の氏名、所属、職名、勤務成績の評定結果等であり、これらは、条例第7条第2項第1号本文に規定する個人に関する情報であることは明らかである。また、これらの情報は、同号ただし書のいずれにも該当しない。
なお、審査請求人は、同号は個人のプライバシーを最大限に保護することを目的として規定されたものであるから、個人のプライバシーを侵害したり、又は侵害したりすることのない場合には同号には該当しないと主張するが、次の理由により失当である。
(1) 条例は、県民一般に対する公文書公開制度を創設したものであり、自己情報開示制度を創設したものではない。したがって、請求者によって公開請求権の内容や実施機関の決定の内容に差異が生ずるものではなく、個人情報の該当性については、対象となる情報そのものから客観的に判断しなければならない。
(2)審査請求人が引用する仙台地裁判決は、第三者たる市民団体が県の食糧費で開催された懇談会の出席者氏名の非公開決定の取消しを求めた事案であり、請求者本人が自己に係る情報の非公開決定の取消しを求めた事案ではない。
2 条例第7条第2項第7号の該当性について
勤務評定書は、教職員の人事行政を公正・円滑に実施し、効果的な教育活動を推進するという目的のために作成されるものであり、本件公文書に記録された情報は、条例第7条第2項第7号エに掲げる人事管理に係る事務に関するものであることは、明らかである。
また、本件公文書に記録された情報が公開されると、次の理由により、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあり、結果として、効果的な教育活動を推進するという目的が達成できなくなるという事態も予想され、したがって、本件公文書に記録された情報は、本号に該当する。
(1) 自己に対する評価が低い場合、それが適正な評価であっても、校長に不満を抱いたり、不当な圧力をかけたりするおそれがあるため、校長が、勤務実績等の好ましくない者についても、勤務評定書に率直で客観的な評価や意見を記載することを差し控え、その結果、教育委員会が信頼できる資料を得られなくなるおそれがある。
(2)勤務実績等の好ましくない者についてありのままの評価を差し控えるということになると、勤務評定が相対評価でもなされることから、勤務実績等の良好な教職員が当然受けるべき正当な評価が損なわれるおそれがある。
(3)このことによって、校長と教職員及び教職員同士の人間関係が崩れ、勤務実績等の良好な教職員が勤務意欲を失うなどの事態を招くおそれがある。
3 条例第5条第5号について
審査請求人は、条例第5条第5号こそ公開すべき第一義的根拠である旨主張するが、同条は、公文書の公開を請求できるものの範囲を定めたものにすぎず、本件公文書に記録された情報が条例第7条第2項各号に規定する非公開情報に該当するかどうかの判断にはなんら関係がない。
第5 審査会の結論の理由
1 勤務評定について
教職員の勤務成績の評定は、教職員の任用、昇給、異動、研修等の人事行政に係る事務事業を公正・円滑に実施し、効果的な教育活動を推進するという目的のため、教職員の職務と責任を遂行した実績及び職務遂行に関連して見られた教職員の性格、能力、適性等を公正に評価して記録するものであり、愛媛県立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(昭和33年教育委員会規則第4号。以下「規則」という。)及び勤務評定実施要領(昭和47年11月1日実施)により実施されていることが認められる。
2 本件公文書について
本件公文書は、審査請求人本人の平成11年度勤務評定書であり、本件公文書には、同人の氏名、所属、職名、給料額、性別、生年月日、年齢のほか、同人に係る学習指導、生徒指導、勤勉、責任感、積極性など10項目の評定要素ごとの観察記録及び評定、所見、総評並びに評定者の職氏名及び印影が記録されている。
3 条例第7条第2項第1号(個人に関する情報)の該当性について
条例第7条第2項第1号は、個人の尊厳及び基本的人権を尊重し、個人のプライバシーを最大限に保護するため、特定の個人が識別できる情報は、原則として非公開とすることを定めたものである。
審査請求人は、本件公文書に記録された情報は、本号に規定する特定の個人が識別できる情報である点については争うところではないとした上で、同号は、個人のプライバシーを保護することを目的として規定されたものであり、自己に関する情報についてのみを公開することは、プライバシーが問題となる余地はなく、本件公文書に記録されている情報は同号に該当しないと主張するので、まず、条例に基づく自己情報の公開の可否について判断する。
(1)自己情報の公開について
- ア 条例は、県民の知る権利を保障し、県民参加による公正で開かれた県政を推進するため、県民の公文書の公開を求める権利を明らかにすることにより県政について県民に説明する県の責務が全うされるようにし、もって県政に対する県民の理解と信頼を深めることを目的として定められたものである。つまり、条例は、県民一般に対する公文書公開制度を定めたものであって、県民が自己に関する情報を行政機関から得るための制度を定めたものではないから、条例に基づき請求された公文書の公開を拒み得るか否かについては、公開請求者が県民の誰であるかを離れて判断すべきであって、すなわち、公開請求が県民のいずれからなされても同じ結論になるべきである(昭和62年10月22日長野地裁判決参照)。したがって、審査請求人のいう、自己に関する情報の公開はプライバシーが問題となる余地はなく個人に関する情報に該当しない旨の主張は、請求者が本人であるか、第三者であるかによって、対象情報が非公開事由に該当したり、しなかったりすることを前提とした主張であり、条例の解釈の枠を超え、新たな制度を作るものであるといわざるを得ない。また、自己情報の公開請求を求める場合には、本人に対しても公開できない場合についての規定や本人確認についての規定、本人でないとされた場合その決定は争い得るのか等の規定が設けられていることが必要と考えられるところ、条例は、自己情報の公開に関する事項を何ら規定していないことも、審査請求人の主張が条例の枠を超えた解釈であることを裏付けるものであると考える(平成7年11月27日神戸地裁判決参照)。
- イ なお、この点について、審査請求人は平成8年7月29日仙台地裁判決を引用し、同判決は、個人情報については条文の文字どおりの形式的な解釈をせずに、個人のプライバシーの保護の観点から実質的に判断していると主張する。しかしながら、同判決において、懇談会に出席した相手方の職名及び氏名が「個人に関する情報」に当たらないと判断した理由は、相手方が公務員である場合、これらの情報が当該公務を遂行した者を特定し、場合によっては責任の所在を明示するために表示されるに過ぎないものであるから、プライバシーが問題となる余地はないとしたものであって、自己情報の公開請求の事案における公開の可否を判断したものではない。
(2)条例第7条第2項第1号の該当性について
本件公文書には、前記2のとおり、審査請求人本人の氏名、所属、職名、給料額、性別、生年月日、年齢のほか、同人に係る評定要素ごとの観察記録及び評定、所見、総評並びに評定者の職氏名及び印影が記録されており、これらの情報は、審査請求人も認めているように条例第7条第2項第1号本文に規定する個人に関する情報に該当する。
なお、これらの情報のうち、評定者の職氏名及び印影については、公務員の職務に関する情報であり、本号ただし書ウに該当するが、それ以外の情報については、同号ただし書ア、イ及びウのいずれにも該当しないのは明らかである。また、評定者の職氏名に係る情報については、規則第6条第1項において、評定者が職員の所属する学校の校長であることは明らかにされており、同号ただし書アにも該当する。
4 条例第7条第2項第7号(事務又は事業に関する情報)の該当性について
条例第7条第2項第7号は、公にすることにより、県の機関又は国等の機関が行う事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報は、非公開とすることを定めたものである。
(1) まず、本件公文書に記録された情報は、教職員の勤務成績の評定に関する情報であり、本号エの人事管理に係る事務に該当することは明らかである。
(2)次に、本件公文書に記録された情報を公にすることにより、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがあるかどうかについて検討する。
教職員の勤務成績の評定結果は、教職員の任用、昇給、異動、研修等の人事管理に係る事務を実施する上で重要な基礎資料となるものであり、その評定結果が信頼に足る適正なものであることは、こうした人事管理に係る事務を公正かつ円滑に推進するための不可欠の要件である。このため、評定者である校長は、被評定者の職務に対する実績及び能力について日常の観察及び指導その他を記録し、その資料により的確な判断をすることや、人種、信条、性別、社会的身分等によって差別をしないようにすることなど、客観的に公正な評定を行うことが求められているところ、当審査会において、複数の勤務評定書を審査した結果、一般的に次のようなことが記録されていることが認められる。
- ア 観察記録の欄には、評定要素ごとに被評定者の職務遂行の実績に対する評価がマイナス面も含めてありのまま記録され、また、評定の欄には「5」から「1」までの5段階評価で記録されている。
- イ 所見その他の欄には、被評定者の人物評価ともいい得る全体的な評価がマイナス面も含めてありのまま記録されている。
- ウ 総評の欄には、職務に要求されている水準に照らして被評定者の勤務成績はどの程度にあるのかについて「とくにすぐれている」から「劣る」までの5段階評価で記録されるとともに、被評定者の勤務成績が同種の職種区分の者に比べてどの位置にあるのかについて「上位」から「下位」までの5段階評価で記録されている。
(3)前記(2)ア、イ及びウで述べたような情報が記録された勤務評定書が公開されると、場合によっては、校長に対する教職員の感情的反発や記載の当否についての批判や誤解を招くことも予想され、校長は、今後、勤務評定の結果が被評定者の目に触れることを前提として記載せざるを得なくなることから、教職員の批判や誤解を回避するため、勤務実績の良好でない者についても、マイナス面を記載しなくなるなど、率直で客観的な評価や所見を記載することを差し控えることが予想され、その結果、勤務評定の内容が形骸化し、信頼できる資料が得られなくなり、ひいては公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある。
(4)この点について、審査請求人は、勤務評定書を公開することは、勤務評定を公正に行い、教職員の勤務実態を適正に評価するために極めて有効な方法であり、また、評価の内容を被評定者本人に知らせ、勤務の良好な点を指摘して励まし、不良な点を指摘して改善を求めることは効果的な教育活動の推進を図るという勤務評定の目的に沿うものであるから、勤務評定書の公開は公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれは全くない旨主張する。
確かに、勤務評定については、評定者は公開を前提とするか否かを問わず、客観的に公正に行われるべきものであることは、前記(2)で述べたとおりであり、また、当審査会は、勤務評定書を公開し評価の内容を本人に知らせることが勤務評定の目的に沿うものであるかどうか論ずる立場にないが、審査請求人が主張するように、評価の内容を本人に知らせることが効果的な教育活動の推進に資するというメリットが場合によってはあることも否定するものではない。
しかしながら、この点を考慮しても、勤務評定書を公開することにより公正かつ円滑な人事の確保に及ぼす支障は、前記(3)で述べたとおりであり、その支障の程度も、審査請求人が主張するメリットを超えるものであると考えざるを得ない。
(5)以上のとおりであるから、本件公文書に記録された情報は、条例第7条第2項第7号に該当する。
5 その他
(1)審査請求人は、勤務評定書によって、賃金も人事も決定されていて被害を被っているのであるから、条例第5条第5号こそ、公開すべき第一義的根拠である旨主張しているが、同条は、公文書の公開を請求できるものの範囲を定めたものであり、つまり、実施機関において、審査請求人が請求権者であるか否かを判断する根拠規定であって、請求のあった公文書について公開すべきか否かを判断する根拠規定でないことは明らかである。
(2)また、審査請求人が本件審査請求において明確に求めているわけではないが、本件公文書に記録された情報のうち、評定者の職氏名及び印影については、前記3(2)で述べたとおり、条例第7条第2項第1号ただし書ア又はウに該当し、したがって、本来、個人に関する情報であっても公開しなければならない情報であると認められる。しかしながら、審査請求人は、本件公文書に記録されている情報のうち、勤務評定の内容に係る部分の公開を求めていると考えられるところ、仮に、当該職氏名及び印影に係る部分だけ公開するとした場合、当該職氏名及び印影に係る部分に有意の情報が記録されていると認めることはできず、条例第8条第1項ただし書の規定により部分公開を行う必要はない。したがって、非公開決定を行った実施機関の判断は、妥当である。
6 まとめ
以上の理由に基づき、当審査会は、「第1審査会の結論」のとおり判断するものである。
別記
年月日 |
処理内容 |
---|---|
平成12年6月2日 |
審査依頼(諮問)受理 |
平成12年6月5日(第1回審査会) |
審議 |
平成12年6月30日 |
実施機関からの非公開理由説明書受理 |
平成12年7月4日 |
審査請求人に非公開理由説明書送付 |
平成12年8月4日 |
審査請求人からの反論書受理 |
平成12年8月10日 |
実施機関に反論書送付 |
平成12年8月21日(第2回審査会) |
審議 |
平成12年11月2日(第3回審査会) |
審議 |
平成12年12月22日(第4回審査会) |
審議 |
参考
職名 |
氏名 |
現職 |
---|---|---|
委員 |
門田 圭三 |
南海放送 株式会社 常任相談役 |
会長職務代理 |
藤山 薫 |
弁護士 |
委員 |
望月 清人 |
松山大学教授 |
会長 |
百地 章 |
日本大学教授 |